遺伝子か染色体か
発がんのメカニズム

P. デュースバーグ
200708

日経サイエンス 2007年8月号

8ページ
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過去30年間,がんの原因はヒトの特定の遺伝子に起きた突然変異だという説が研究の主流を占めてきた。ヒトのゲノムの中に埋もれ,がんを発生させる可能性をもつ時限爆弾のような遺伝子は「がん原遺伝子」と呼ばれている。がん原遺伝子がひとたび変異すると,本格的にがんを発生させるがん遺伝子になる。しかし,こうした一握りのがん遺伝子だけで正常細胞が悪性化することを多くの研究者が証明しようとしたにもかかわらず,私を含め誰一人として成功していない。
 
また,がん遺伝子説は誰の目にも明らかな現象を無視している。染色体の異常だ。どんながんでも個々の遺伝子に変異があるかもしれないが,何千もの遺伝子を含む染色体全体にも,重複や切断,再編成,完全な欠失といった大きな混乱が生じている。染色体レベルでの混乱は,一般的な遺伝子変異説では悪性腫瘍の2次的な結果にすぎないと考えられてきたが,これこそががんの直接の原因であり原動力かもしれない。その証拠は最近になって次々と見つかってきている。
 
10 年以上にわたり,私は米国や欧州の研究者とともに染色体の異常はがんの原因なのか調べてきた。個々の遺伝子の変異ではなく,染色体の総数や構造の変化によって悪性腫瘍が確かに発生し維持されていくことが,多くの他のグループの研究からも示されている。この考え方はがんの治療や予防はもちろん,まだがんになっていない前がん症状の病巣の診断にも大きな影響を与えるだろう。がん細胞や腫瘍全体に見られる特徴の中には遺伝子変異説では説明のつかないものもいくつかあるが,染色体説では説明できそうだ。