太陽光レーザーが拓くマグネシウム社会

矢部孝
200711

日経サイエンス 2007年11月号

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現在のエネルギー通貨は電気だ。電力網を介して流通し,熱や動力,照明などさまざまな用途に使える。一方,将来,通貨になる可能性があると考えられ,官民で研究開発が進んでいるのが水素。水素は究極のクリーンカー,燃料電池車の燃料としての利用が想定されている。だが,まったく別の物質も次世代のエネルギー通貨になる可能性を秘めている。それは本物の通貨と同じ金属。アルミニウムよりも軽く,銀白色の輝きを放つ金属,マグネシウムだ。
 
マグネシウムは軽くて強い構造材料として自動車部材やノート型パソコンのボディーなどに使われ始めた。だが,もう1つ,マグネシウムにはあまり知られていない特徴がある。反応性が非常に高いことだ。火を付けると激しく燃える。燃えやすさという点で言えば水素と比較したほうが,その利用のあり方に対する理解がしやすい。多くの場合,水素は700気圧のボンベに詰めて用いる。燃焼に用いたとき700気圧の水素1立方mが発生する熱量は4.3ギガジュール。一方,同体積のマグネシウムが発生する熱は43ギガジュールと水素の10倍だ。
 
マグネシウムは水と反応させると水素が大量に発生する。普通車の燃料電池車が500km走るには水素6kgが必要とされるが,それには約70kgのマグネシウムがあればよい。体積にして40リットルだ。実用化の暁には,マグネシウムの燃料パックをカセットのように燃料電池の発電機構に装填する方式になると考えられる。
 
しかし,マグネシウムをエネルギー通貨として利用するには乗り越えるべき非常に高い壁があった。精錬に膨大な量の石炭と触媒が必要なのだ。ところが最近,石炭も触媒も使わない製錬技術が開発された。まず太陽光を集め,それを強力なレーザー光線に変換する。この光を原料物質である酸化マグネシウムに照射すれば,2万℃という超高温により酸素とマグネシウムの結合が解け,純粋なマグネシウムが生み出される。北海道千歳で実験プラントが動き始めた。