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ALS は正式には筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, ALS)と呼ばれるが,米国ではむしろルー・ゲーリック病として知られている。ルー・ゲーリック(Lou Gehrig)はニューヨークヤンキースの偉大な一塁手だったが,1939年にALSと診断され,2年後にこの進行性の神経筋疾患で死亡した。 ALSは大脳から脊髄を経て体中の筋肉に伝わる神経細胞(運動ニューロン)が消失していく病気だ。これらの運動ニューロンが死んでしまうと,脳は筋肉を制御できなくなり,病気が進行するにつれて患者は全身麻痺に陥る。しかし傷害を受けるのは運動ニューロンだけで,大脳の高次機能は保たれるため,患者は自らの体が衰えていく様を直視せざるを得ない。
症状の始まりは患者によって異なる。手から物を落としてしまう,つまずく,手足が疲れやすい,話しづらい,筋肉の痙攣などさまざまだ。筋力が低下すると,歩行や,洗濯をしたり洋服を着たりといった場面で手を使うことが困難となる。ついに体幹の筋にまで麻痺が広がると,嚥下(えんげ),咀嚼,呼吸が妨げられる。呼吸筋麻痺が現れると,生き続けるには人工呼吸器を用いるしかない。
現在認可されている治療薬は米国,日本ともリルゾールという薬だけだ。リルゾールは,運動ニューロンを攻撃する有毒な化学物質の放出を抑えることで,ALSの進行を数カ月程度遅らせることができると考えられる。
不治の病とされてきた ALSの研究の突破口になったのは,家族性(遺伝性)ALSの原因遺伝子の1つが突き止められたことだった。この遺伝子はスーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)という酵素をコードする。SOD1は,体内での正常な代謝過程で作られる非常に反応性の高い分子(フリーラジカル)による傷害から細胞を守る働きをしている。モデルマウスの実験により,SOD1遺伝子の変異が神経細胞に対して破壊的な作用をすること,さらに神経細胞体と軸索が別のメカニズムで死に至ることが明らかになった。ALSの進行を抑えるには,ニューロンの神経細胞体とともに軸索も保護する必要があるのだ。
こうした研究成果から,運動ニューロンを保護する治療法が検討されるようになった。可能性のあるものとしては,血管内皮細胞増殖因子(VEGF)やインスリン様成長因子1(IGF-1)などのタンパク質をウイルスを使って中枢神経系に運び込む方法や,ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)の生成を促すレスベラトロール(赤ブドウの皮に含まれる成分)を用いる方法だ。
さらにここ数年の驚異的な発見として,運動が新しいニューロンの成長を促し,神経系での増殖因子の濃度を高めるというものがある。疾患モデルマウスに回し車の運動を定期的にさせると,ALSの進行を遅らせることができ,IGF-1治療とあわせて行うと,相乗効果が得られるという。