ドーピングはなぜなくならないのか

M. シャーマー(ジャーナリスト)
200808

日経サイエンス 2008年8月号

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 7月5日,ツール・ド・フランスが開幕する。9人編成のチームで距離3500km,高低差2000m以上を3週間で走り抜ける,世界最大の自転車レースだ。その超人的な走りには誰もが目を見張る。だが,昨年のレースでは途中トップの選手が次々とドーピング疑惑で脱落,ドーピング問題の根深さが明らかになった。
 自転車ロードレースではドーピングがきわめて広く行われており,ドーピングをしていなければ,優勝経験選手でも完走できないほどだという。しかもチーム競技のため,連帯して秘密を守る“沈黙の掟”が存在する。優勝賞金と名誉は大きい一方で,ドーピングを拒否したり告発したりすれば,ただちに選手生命は終わりだ。命の危険もある薬物の副作用と発覚への不安におびえながら,ドーピングを続けるしかない。
 これは選手に倫理観がないためではない。「囚人のジレンマ」として知られるゲーム理論で考えると,現在はドーピングをしない「正直者がばかをみる」ようになっているのだ。この悪循環を断ち切るには,ドーピングの検査能力を高め,罰則をより厳しくして,正直者が得をする“ゲーム”に変える必要がある。これはメジャーリーグや,メダル剥奪が相次ぐオリンピック競技でも同様だ。