自然に学んだセルフクリーニング材料

P. フォーブズ(サイエンスライター)
200811

日経サイエンス 2008年11月号

9ページ
( 4.3MB )
コンテンツ価格: 611

 ハスの葉効果(ロータス効果)の発見者で,開発者でもあるドイツのボン大学のバートロット(Wilhelm Barthlott)は,マンハッタンにセルフクリーニング機能を持たせる構想を抱いている。少しの雨が降れば摩天楼の窓や壁が洗い流されて,清らかなハスの葉のように汚れが落ちるというものだ。彼はこのほかにも,洗わなくてもシミひとつつかない新素材をテントやひさしに用いることも考案している。
 洗濯をしなくてすむような品々に囲まれた未来の暮らしを思い描いているのはバートロットだけではない。日本では消臭・殺菌作用のあるコーティング材が浴室や病院用に開発され,米国ではマサチューセッツ工科大学のルブナー(Michael Rubner)とコーエン(Robert Cohen)が,同じような技術を使って浴室の鏡が曇らないようにしたり,微量の液体を扱う「ラボ・オン・チップ」(液体が微細な流路を移動する検査用チップ)を制御したりできると考えている。すでに,ケチャップやマスタード,赤ワイン,コーヒーなどがシミにならないシャツやブラウス,スカート,ズボンが出回り,セルフクリーニング効果のある材料の開発現場はいま大きな技術革新が起こっている。
 セルフクリーニング材料の発想は,自然界で優雅に輝く水生の多年草であるハスに端を発している。ハスはインドやミャンマー,中国,日本の仏教や文化において大きな役割を果たしてきた。ハスが崇拝されているのはその際立った清らかさにある。ハスは泥水の中で成長するが,ひとたび姿を現した葉は水面から何mも上に立ちあがり,決して汚れないように見える。葉の上の水滴には神秘的な輝きがあり,雨水によって他のどんな植物よりも簡単に汚れが洗い流されている。バートロットが興味を持ったのはこの最後の特性だった。