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遺伝子工学と光学を組み合わせて神経細胞(ニューロン)の集まりを観察したり,制御したりする「オプトジェネティクス」という分野が芽生えつつある。遺伝子にコードした蛍光色素を使って神経活動を可視化する手法だ。この方法を用いると,ニューロン同士の接続や特定のニューロン集団の機能を“見る”だけでなく,光のスイッチを切り換えて,ニューロンを遠隔操作することもできる。いずれは脳の神経ネットワークを解き明かし,病気の治療にも役立つかもしれない。
従来,脳細胞を調べるには,細胞を刺激して,その活動を電極で記録する方法がとられてきた。しかしこの方法は間接的で,実験上の制約も多く,ニューロン集団を分析するには向かない。この問題を解決したのが,先ごろノーベル化学賞を受賞した下村脩(しもむら・おさむ)博士が発見した緑色蛍光タンパク質(GFP)だ。多数の研究グループが,GFP遺伝子に手を加えることで,神経伝達物質や電圧,カルシウム濃度などの変化を検出できるさまざまな光感受性タンパク質を作り出した。これらの分子をニューロンに組み込み,光を発する分子センサーとして用いることで,神経ネットワーク内の情報処理を追いかけることができる。
著者らは,生きたジョウジョウバエに遺伝子操作を加え,逃避反応を担うニューロン集団だけが光感受性タンパク質を作るようにした。この遺伝子組み換えバエに紫外線レーザーを当てると逃避反応が起きることが確認できた。さらに頭を切り落としたショウジョウバエでも同様の反応が起きることから,光を視認して反応したのではなく,遺伝子に組み込んだ光感受性タンパク質が,光の駆動装置(アクチュエーター)として働いていることがわかる。
こうした実験は動物の行動を遠隔制御する可能性を示すもので,特に米国ではセンセーショナルに報じられたが,著者は医療応用への道を積極的に探っている。その1つがパーキンソン病の治療だ。現在用いられている深部脳刺激療法は,患者の体内に埋め込んだ電極とペースメーカーを使って,運動を制御する脳部位を刺激するものだ。オプトジェネティクスを利用すれば,ターゲットとなる細胞を絞り込んで光刺激を与えることができるため,より高い効果が期待できる。ただし,ニューロンで光感受性タンパク質を作らせるには遺伝子治療が必要なので,この方法は今のところ現実的なものとはいえない。