大気汚染と子どもの健康
中国での調査から

D. フェイギン(ニューヨーク大学)
200901

日経サイエンス 2009年1月号

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 大気汚染の激しい場所で暮らす女性から生まれた子どもは,汚染のない地域の子どもに比べて,病気になりやすかったり,発達に遅れが生じやすかったりするのだろうか? もしそうだとしたら,例えば血液検査などで,そのリスクを早めに突き止めることはできないだろうか? 「分子疫学」のパイオニアであるコロンビア大学小児環境保健センターのペレーラ(Frederica Perera)は,まさにその問題に取り組むために,中国の重慶市にある人口10万人の都市,銅梁で調査をしている。
 銅梁の中央部では2004年まで石炭火力発電所が稼働しており,代表的な大気汚染物質であるPAH(多環芳香族炭化水素)を含んだ排煙が町の空気を汚していた。PAHは細胞内のDNAと結合する性質がある。ペレーラは重慶小児病院など地元の医療機関の協力を得て,2002年以来,発電所から半径2km以内にする450人の子どもを対象にDNA検査と身体・精神発達を調査している。
 発電所が稼働していた2002年と閉鎖から1年がたった2005年とで,銅梁の空気に含まれる大気汚染物質BaP(PAHの一種)の濃度は30%も低下した。それだけでなく,白血球を調べると,DNAにBaPが結合している例が2002年生まれの赤ちゃんは2005年生まれの赤ちゃんよりも40%も高かった。さらに2002年生まれの子どもは2005年生まれの子どもに比べて頭囲が小さく,発達テストのスコアも低かった。
 発達の差はいずれも統計的に有意ではあったが,決して大きなものではない。とはいえ,この調査では喫煙歴のない母親だけを対象にしているし,家族の喫煙状況や学歴,血液中の有害金属の濃度など,子どもの発達に影響を及ぼすような他の要因も調整している。ペレーラたちは銅梁の子どもにみられたBaPが結合したDNAの数と発育・学習におけるいくつかの重要な測定値との相関は,そのほとんどが大気汚染に由来すると確信している。
 大気汚染物質がDNAに結合することが,どのようにして発達に悪影響を及ぼすのかは,これから解明しなくてはならない問題だ。だが,将来的には,血液検査で大気汚染物質がDNAにくっついているかどうかを調べることで,子どものリスクを早期に予測できるようになるとペレーラたちは期待している。