非平衡熱力学の教え
「第二法則」は不滅です

J. M. ルビ
200902

日経サイエンス 2009年2月号

7ページ
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 「熱力学の第二法則」に従って世界が着実に無秩序になっていくとするなら,自然界でしばしば生じている自己組織化をどう説明すればよいのだろうか? 根本的問題は,古典的な熱力学は系が平衡状態にあると仮定していることにある。そうした穏やかな状態が現実世界で実現している例はほとんどない。
 非平衡状態を扱う新しいアプローチによると,平衡からほど遠い系についても第二法則が成立することがわかる。そして秩序から無秩序に向かう進化は不規則なものになりうるので,自己組織化が起こる領域が部分的に生まれる。
 非平衡な系は古典的な熱力学理論ではとらえられない一風変わった挙動を示す。オンサーガー(Lars Onsager)らは非平衡熱力学の理論を定式化し,非平衡な系についてもやはり第二法則が成立することを示した。ただし,その理論は系の変化が線形な場合に限られ,この条件が満たされない場合には成り立たない。
 例えば化学反応が起こるとき,ある物質は突然,別の物質に変わる。これは非線形な方程式によって記述される突然の変化だ。別の例は,系があまりに小さくて,分子の運動がカオス的な混乱に支配され,そうした混乱のために系の特性が短い距離で激しく変化する場合だ。水蒸気の凝結や,細胞膜のタンパク質チャネルを通じたイオンの輸送など,小さな系で起こっている過程は,そうした変動に支配されている。
 私たちはこれらの領域に熱力学を拡張し,見方を変えることによって多くの問題が解消することを示した。
 ポイントは,古典的な熱力学に用いられる変数を超えた新たな一連の変数を使って,反応の中間段階を追跡することにある。この拡張された枠組みでは,系は全過程を通して熱力学的に局所的平衡を保ったままになる。
 これらの新たな変数は,系が遍歴するエネルギーの風景を定義し,系の振る舞いを生き生きと豊かに記述する。山歩きしているバックパッカーから見た周囲の自然の景色がどんなふうに変わるかを記述するようなものだ。谷はエネルギーの低い状況に対応するが,このとき分子は混沌としていることもあれば,秩序だっている場合もある。系は谷のうちどれか1つに落ち着くことができ,外部の力によってそこから弾き出されると,別の谷に移る。系が混沌としたカオスにあっても,無秩序から脱して秩序を得ることがありうるし,また逆の例もありうる。
 永久機関は依然として不可能だし,劣化との戦いに私たちが最終的には敗北することにも変わりはないだろう。しかし,第二法則は自然界が絶え間なく劣化へ向かうと定めているのではない。第二法則は,秩序と複雑さが自発的に発展することと実に首尾よく共存する。