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ダーウィン(Charles Darwin)の代表作『種の起源』には,人間がどのように出現したかに関する実質的な議論はまったく欠けている。彼は「人間の起源とその歴史について,光が投げかけられるであろう」と述べているだけだ。この沈黙は,彼がビクトリア朝の既成体制(と彼の信心深い妻)をそれ以上刺激したくなかったためだろうとされている。それらの人々にとって,生きとし生けるもの,とりわけ人間は,神がつくり給うたものだった。
「ダーウィンのブルドッグ」の異名をとる生物学者ハクスリー(Thomas Henry Huxley)には,そうした遠慮はなかった。彼は1863年に著した『自然における人間の位置』のなかで,ダーウィンの進化論をはっきりと人間に適用し,私たちは類人猿の子孫であると主張した。その8年後,ダーウィン自身が,おそらくハクスリーの仕事に励まされる形で,『人間の由来』を書いた。このなかで彼は,解剖学的な類似点に基づいて,現生動物ではチンパンジーとゴリラが私たちに最も近縁であると明言し,人間の最初の祖先が出現したのはこれら類人猿の仲間が現在も生息しているアフリカであったろうと予測した。
その後,化石と遺伝子解析による多くの証拠によって,ダーウィンの主張は確証された。現在の私たちは,現生動物でヒトに最も近縁なのはチンパンジーであること,そして私たちヒトの系統がチンパンジーの系統と分かれた後,いまから700万年前から500万年前の間に,人類がアフリカで出現したことを知っている。
ここに示した系統樹は,ヒト科動物の化石記録に関する多くの解釈のうちの1つだ。それぞれのヒト科動物が実際にどんな姿をしていたのかを示す想像図と,人類の冒険の旅における重大な転換点を描いている。
私たちの過去に関しては数多くの謎がまだ残っている。ダーウィンの洞察が,これら謎解きへの道筋を照らす「光」となるのは間違いない。
再録:別冊日経サイエンス194「ゲノムと化石が語る人類の起源と拡散」