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戦後間もなく,素粒子論の新たな扉を開いた西島和彦氏が2009年2月15日に逝去された。1950年代初め,陽子や中性子が素粒子だと考えられていたが,奇妙な振る舞いをする粒子が続々発見された。西島氏は物質粒子が「ストレンジネス」と呼ばれることになる量子数を持てば,すべての粒子が1つの法則によって見事に分類されることを示した。この法則は1953年,ほぼ日米同時に独立して発見され,「中野・西島・ゲルマンの法則」と呼ばれるようになった。さらに1957年,ニュートリノが1種類ではなく2種類存在するとの理論的予言をした。これらは,素粒子クォークと素粒子の“世代”の概念や弱い力の理論が生まれる礎となった。
西島氏は南部陽一郎氏らとともに大阪市立大学の理論物理学グループを立ち上げた。
そこで本誌は2008年末,南部氏との思い出と自身の研究人生を伺おうと西島氏にインタビューを申し込んだ。氏は「南部さんの話なら」と,病室で人生を語った。これが「最後の公務」(西島氏の秀子夫人)となった。謹んでご冥福をお祈り申しあげ,ここに西島氏が語られた研究人生を紹介する。