鍛えるほど頭はよくなる
新生ニューロンを生かすには

T. J. ショア(ラトガーズ大学)
200906

日経サイエンス 2009年6月号

9ページ
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「○○で脳を鍛えよう!」テレビや雑誌やウェブではおなじみのフレーズだが,この一見怪しげな宣伝文句を裏付けるようなデータが最近の神経科学の研究から得られている。ラットやマウスの実験によると,新しいことを学習することで,海馬の「新生ニューロン」がより生き残りやすくなることがわかっている。
 かつては,成体の脳にはニューロンを作る神経幹細胞がないため,ニューロン新生は不可能と考えられていた。しかし10年ほど前,記憶や学習をつかさどる海馬では日常的に神経細胞が新生しているという驚くべきデータが報告された。ニューロン新生という“脳の再生能力”を活用すれば,事故や病気による脳損傷や高齢化で衰えた脳をよみがえらせることができるかもしれない。
 ところが困ったことに新生ニューロンの多くは生き残ることなく,わずか数週間で消えてしまう。どうすれば新生細胞を救うことができるのか。その答えが「学習」だ。学習という負荷を与えることで,新生ニューロンは既存の神経回路に組み込まれ,ネットワークの一員として生き残る。逆に新しいことを学ばなければ,回路に加われずに消滅していく。また問題に集中し,より難易度が高い問題に取り組むほど,生き残るニューロンの数は多くなる。さらに,新生細胞の誕生後,1週間後から2週間後に行われた学習が,新生細胞の生き残り率を最も高めることもわかっている。
 アルツハイマー病では,海馬のニューロンが変性することで,記憶や学習能力が低下する。新生ニューロンが誕生しても,多くは成熟せずに消滅してしまうようだ。ニューロンの新生や成熟の過程に問題があるのか,あるいは学習能力が損なわれているために新生ニューロンが生き残れないのかもしれない。だがいくつかの朗報もある。最近の研究から,有酸素運動や抗うつ薬投与がアルツハイマー病患者の機能を全般的に高めることが報告された。これは新生ニューロンの発生や生存が促されるためではないかと考えられている。