DNAに見えた「人間の証し」

K. S. ポラード(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)
200908

日経サイエンス 2009年8月号

8ページ
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 ゲノムプロジェクトによって完全解読されたヒトとチンパンジーの全塩基配列。類人猿の中でも私たちに最も近いチンパンジーと比較すれば,両者を隔てる遺伝子の謎が解けるのではないか? 研究者ならずともそう期待する人は多いだろう。ところが解析結果は意外なものだった。ヒトとチンパンジーの配列の違いは1500万塩基対。ヒトの全ゲノム30億塩基対のわずか0.5%にすぎなかった。
 だが著者らはこう述べる。ヒトとチンパンジーの違いを決定付けているのはDNAの変異の「数」ではなく「位置」だ。彼らは,ヒトとチンパンジーが共通祖先から分かれた約600万年前に遡り,他に比べて変異のスピードの速かったDNA領域を探った。
 1500万塩基をコンピューターで解析した結果,ヒトとチンパンジーの違いを示す変異リストのトップに上がったのHAR1(ヒト加速領域1)と名付けられた領域だ。HAR1は大脳皮質のしわ形成に関与する領域で,タンパク質の情報を担う遺伝子ではなく,遺伝子発現を調節する役割を担っている。さらに,発話にかかわるFOXP2や脳の大きさと関連するASPMなども霊長類の進化の過程で大きく変化した領域だ。
 かつては遺伝子やタンパク質の違いこそが,人間らしさを示すものと考えられてきた。しかしゲノム解読によって見えてきたのは,遺伝子ではなく,多様な遺伝子の発現時期や発現場所を変化させるような領域の重要性だ。ジャンクDNAと呼ばれてきた部分は,“がらくた”ではないどころか,生命と進化の秘密を解くカギを握っているらしい。

再録:別冊日経サイエンス194「ゲノムと化石が語る人類の起源と拡散」