特集:量子力学の実像に迫る
量子の”開かずの間”をのぞき見る

井元信之・横田一広(ともに大阪大学)
200910

日経サイエンス 2009年10月号

7ページ
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 奇妙な思考実験がある。2つの干渉計を準備し,それぞれに,電子と陽電子を入れる。両方とも波の性質を持つので,普通ならそれぞれが光と同じように干渉を起こす。だが今,2つの干渉計を途中で結合したらどうなるだろうか?
 もし電子と陽電子がここで出合ったら,両者は消滅するだろう。もし出合わなかったら,それぞれ独立に干渉を起こすだろうと思われる。しかし量子力学を用いて実際に計算してみると,そのどちらでもない現象が起こることがある。電子と陽電子は消えずに残り,しかも独立の干渉も起きないのだ。この時電子と陽電子は果たして出合ったのか,それとも出合わなかったのか?
 これは1992年,英国の物理学者ハーディーが提唱したパラドックスだ。イスラエルの物理学者アハラノフはこれを受けて,干渉計の動作を妨げずに電子と陽電子の経路を測定する「弱い測定」の具体的手法を示し,測定によって何が見えるかを予測した。その結果は,非常に突飛なものだった。電子と陽電子の両方が結合部を通る確率はゼロ,両方とも通らない確率は「マイナス1」になるというのだ。
 本稿は「特集:量子力学の実像に迫る」の第3弾。著者の井元と横田は2009年,ハーディーが提唱した実験を,電子と陽電子の代わりに光子2個を用いて実行し,アハラノフの突飛な予言を実証した。実験によれば,確率に相当する物理量は,確かに「マイナス1」を示したのだ。だが確率はその定義からして,そもそも負の値は取り得ないはずだ。「マイナス1」との測定値は,一体何を意味しているのだろうか? その謎の背後には,量子力学における因果関係をどう捉えるべきかという, 理論の根幹にかかわる問題が潜んでいる。
 弱い想定で観測した状態を,干渉計の外に取り出すことは不可能だ。だが何の役にも立たないとは言い切れないという。将来,弱い測定を工学的に応用する可能性についても紹介する。