バブル崩壊を心の科学で読み解く

G. スティックス(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)
200910

日経サイエンス 2009年10月号

8ページ
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 ときに市場が過熱し,そして崩壊するのはなぜなのか。大恐慌以来最悪の経済危機をきっかけに,金融市場の機能と人々の意思決定に関する見直しが始まった。投資の意思決定においては,心理的気まぐれが往々にして合理的判断をしのぐ。こうした点を理解すれば,バブル形成と崩壊の理由が見えてくる。
 意思決定の中枢は脳の前頭前野だが,その決定によって誤りに導かれる場合がある。実際,近ごろ世界を揺るがせている世界経済大崩壊をもたらした容疑者の一人は,前頭前野の領域,前頭前野腹内側部(VMPFC)だ。
 この領域によって,経済学者が「貨幣錯覚(マネーイリュージョン)」と呼ぶものが引き起こされることが判明した。この錯覚は,インフレが購買力をそいでいるという明白な事実に人々が気づかず,事物が実際以上の価値を持っているとの判断に不合理にも飛びついてしまうことだ。貨幣錯覚は価格が常に上がるという筋の悪い認識をもたらし,家を購入するのはどんなときでも素晴らしい投資であると人々を信じ込ませてしまうだろう。
 経済学者たちは貨幣錯覚,より一般的には経済取引に関する不合理性の影響それ自体が錯覚なのではないのかと,数十年にわたって激論を戦わせてきた。
 有名な金融理論家のフリードマン(Milton Friedman)は,消費者や雇用主は合理的な生き物として,買い物や賃金支払いの際にインフレを考慮に入れると考えた。つまり,みな惑わされることなく,商品の本当の価値を正しく評価できるというわけだ。
 しかし現在,世界経済がなぜこれほどひどく急激に落ち込んだのか,その理由を多くの科学者が解明しようとするなかで,経済判断における心理の役割を研究する行動経済学の考え方が注目を集めている。そして,脳の活動を画像化した脳科学研究によって,行動経済学の考え方が支持されている。
 特にボン大学とカリフォルニア工科大学の共同研究チームが3月の米国科学アカデミー紀要に報告した実験では,貨幣錯覚の兆候を示す脳画像パターンがいくつかの意思決定回路に認められた。被験者が以前よりも多額のお金を示されると,物価も同様に上がっていて実質的な購買力は同じでも,前頭前野腹内側部の一部の活動が強まった。
 お金に関する誤解をもたらしている脳領域を映し出したこの研究は,ますます高度化する脳研究の一例にすぎない。投資家を動かすもっと根本的な要因としての恐怖が扁桃体に関連し,金銭欲が側坐核と関係していることがすでに明らかになっている。
 個人が,そしてその集合体である経済全体がどのようにして正道を踏み外すのか──行動心理学と経済学にハイテク脳画像を融合した研究から,手がかりが得られ始めた。研究の一部はすでにオバマ政権に行動指針として採用されている。