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1944年のこと。連合国は戦争に必要なガソリンが底をつくことを心配し,新たな石油資源を求めてアラスカ北部を調査することにした。当時はまだ地図もなかったため,その準備として米国海軍は詳しい航空写真を撮ることにした。このときの写真が,北極圏の植生を調べている著者たちの手に渡った。9×18インチ(約 23×46cm)のネガから作られたその60年前の写真は非常に鮮明で,ヘラジカの足跡まで写っていた。重要なのは,これらの写真すべてが,北極圏の陸地が気候変動によってどう変化したかを示す,重要な証拠であるという点だ。
小さな浮氷に乗ったホッキョクグマの写真が2006年のTime誌の表紙を飾ったが,その前から,北極の海氷がどんどん解けていることは明白だった(M. スターム/D. K. ペロビッチ/M. C. セレーズ「とける北極」日経サイエンス2004年2月号を参照)。1990年代までには,北極の気候変動を調査している研究者たちは,十分な根拠をもとに,北極の植生も変化していると考えるようになっていた。
けれども海氷に比べると,陸地はうまく変化を追跡できない。海の白い氷は黒っぽく見える海水とのコントラストがはっきりしているので,衛星や航空機で調査しやすい。対照的に,下層土が永久に凍りついて木も生えないツンドラや森林では,気候による変化は非常にとらえにくい。1つの生態系から別の生態系へと急激に変化するのではなく,一緒になって生えている植物の種類がゆっくりと入れ替わっているだけという場合もある。植生の変化は,数年どころか数十年たたないとわからない場合も多いのだ。だが,古い写真があれば,過去と現在を直接に比較できる。
著者たちは入手した約6000枚の60年前の写真と比較するために,同じ場所をなるべく同じ角度で撮影した。こうして,新旧の写真を比べることで,ツンドラに低木が侵入し,生物量が増していることがわかった。一方で,別の研究などから,ツンドラの南に広がる北方林(タイガ)では乾燥化が進み,害虫も蔓延したため,森林がどんどん減っていることもわかってきた。