特集:「終わり」を科学する
土に還る道

A. A. ヴァス(米国立オークリッジ研究所)
201012

日経サイエンス 2010年12月号

4ページ
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コンテンツ価格: 509円 (10%税込)

 好むと好まざるとにかかわらず,死は生命サイクルの一部だ。死とともに,人体をもとの土へと徐々に戻していく複雑なプロセスが始まる。法医学用語で「分解」というこの過程で,私たちの生体構造は単純な有機物や無機物に転換され,植物や動物がそれらを利用できるようになる。
 主に4つの要因が,腐敗の速度と完全性に影響する。最も重要なのは温度だ。温度が10℃上がるごとに,死骸での化学反応の速度は2倍になる。湿度や環境中の水はこれらの反応を和らげ,進行を遅らせる。極端な酸性またはアルカリ性の状態では,酵素による生体分子の分解が速まるが,やはり多量の水があると,この効果も緩和される。そして土のなかや水に浸かった状態,高地など,酸素にさらされにくい環境では分解が遅くなる。これら4つの要因の相互関係しだいで,死体が白骨化するまでわずか2週間という場合もあるし,2年以上かかることもある。
 法医学者は死体の分解に関する生物学的・化学的な知識と腐敗速度に影響するさまざまな変数を考慮して,犯罪捜査の際に遺体の死亡時期を推定し,密かに埋められた死体を発見するのに役立てている。以下に死体が徐々に分解していく段階について示すが,併記した時間スケールはおよその数字で,空気にさらされた死体に関するものだ。土中に埋められたり棺に納められて埋葬されたりしている場合には,もっと時間がかかる。