ゲノム解読から医療へ
進まない革命

S. S. ホール(科学ライター)
201101

日経サイエンス 2011年1月号

10ページ
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 10 年前は,専門家もそうでない人も,30億ドルをかけたヒトゲノム計画によって医学が変わると楽観的に考え,大いに盛り上がっていた。2000年の夏に当時のクリントン大統領はホワイトハウスのセレモニーで,ヒトの「生命の書」であるゲノムの大まかな配列が初めて解読されたと宣言し,ゲノム計画は「すべてではないにしても,ほとんどの病気の診断や予防,治療に革命をもたらすだろう」と予言した。
 当時,米国立ヒトゲノム研究所長だったコリンズ(Francis S. Collins)の描いた構想はさらに壮大で,その1年前に,2010年には「個別化医療」が行われているだろうと述べている。心臓病やがん,糖尿病などといったよくある病気になるリスクを遺伝子検査で調べられるようになり,その人に合わせた予防法や治療法が開発されると考えたのだ。
 2010年になってみれば,科学界は興奮が冷めて分裂していた。ヒトゲノム計画が問題だったのではない。このプロジェクトにより基礎研究には革命的な変化が起きた。扱う対象も広がったし,研究全体がスピードアップした。がん研究者のフォーゲルシュタイン(Bert Vogelstein)は,「ヒトゲノム計画によって研究方法は根本的に変わった」と言う。大方の意見もこれに一致している。
 問題は,ゲノム計画からさまざまな研究が生まれたものの,コリンズたちが10年前に約束したような医学の進歩は,いまだに達成されていないことだ。マサチューセッツ州ケンブリッジにあるホワイトヘッド生物医学研究所の腫瘍生物学者ワインバーグ(Robert A. Weinberg)は,がんゲノミクスの成果は「比較的少ないし,投入された資金に比べるとあまりにも少なすぎる」と言う。
 デューク大学のヒトゲノム変異センター所長であるゴールドスタイン(David B. Goldstein)は,「2011年になっても,よくある疾患の個別化治療が行われていないことは確実だ」と語る。
 おそらく,(ゲノム計画を推進した人々が予測したとしても)わずか10年で奇跡が起きると期待する方が非現実的なのだろう。だが,現在の失望感の裏にはもっと根深い問題が隠れている。ゲノム研究が医学に実りをもたらさなかったのは,よくある疾患の遺伝的な原因を探す方法論に間違いがあったせいではないだろうか。