ホーキングが語る究極理論の見果てぬ夢

S. ホーキング(ケンブリッジ大学)
L. ムロディナウ(カリフォルニア工科大学)
201101

日経サイエンス 2011年1月号

5ページ
( 5.8MB )
コンテンツ価格: 509

 アインシュタインの重力理論(一般相対性理論)と量子物理学を究極の「万物理論」にまとめ上げようとする理論物理学者たちの試みが続いている。統一理論の有力候補とされるのが「ひも理論」だが,ひも理論には5つの異なる定式化があり,それぞれが限定された条件範囲をカバーしている。
 しかし,ある数学的な関連によって,それらの異なるひも理論が「M理論」という謎めいた名前で呼ばれる単一の包括的なシステムとなる。おそらくこのネットワークそのものが,究極理論なのだろう。究極理論を探求しても単一の方程式セットにたどり着くことは決してないかもしれない。
 数年前,イタリア・モンツァ市の市議会は,金魚を丸いガラス鉢で飼うことを禁じた。金魚鉢の側面が曲がっていて金魚には外界が歪んで見えるから,そんなところに入れておくのは残酷である,というのが提案の主旨だ。
 哀れな金魚にとってこの禁止措置がどれほどありがたいかは置くとして,この話は興味深い哲学的問題を提起している。自分が認識しているリアリティーが真実であると,どうすれば知ることができるのか,という問題だ。金魚が見ている現実が私たちの見ている現実とは異なるという理由だけで,それがリアリティーに劣ると断言できるだろうか? 私たちもまた,歪んだレンズを通して世界を見ながら生きているにすぎないかもしれない。
 物理学では,この問題はかなり切実だ。実際,物理学者と宇宙論研究者は自分たちが金魚と似た苦境にいることに気づいている。私たち物理学者は過去数十年にわたり,究極の万物理論,つまり現実のあらゆる側面を説明する一連の基本的自然法則の首尾一貫した完全なセットを見つけ出そうと努力してきた。しかし,この探求の結果として得られるのは単一の理論ではなく,相互に関連した一連の理論,それぞれがそれぞれのリアリティーを記述する理論になりそうだ。それぞれ別の金魚鉢のなかから宇宙を見ているように。
 これは自然を説明する理論に対して物理学者が抱いてきた伝統的な期待とは異なるし,リアリティーに関する私たちの日常的な考えとも一致しない。だが,それが宇宙のありようなのかもしれない。