繭から紡いだ医用新素材

F. オメネット
D. カプラン(ともにタフツ大学)
201102

日経サイエンス 2011年2月号

2ページ
( 2.9MB )
コンテンツ価格: 407

 かつて絹織物は極東からシルクロードを通ってヨーロッパに伝えられ,丈夫で美しいこの材料を使ってまばゆい衣服が作られた。現在のバイオ技術者は,カイコが紡ぎ出したこの天然タンパク質繊維に酵素や半導体を染み込ませる。こうして手を加えた糸を,温度や加える力,酸性度をさまざまに変えた条件で処理し,優れた特性の新素材を作り出している。
 医師は絹の縫合糸を好んで使う。絹は強いうえ,人体組織に適合性があるからだ。タフツ大学にある私たちの研究室は最近,絹が持つそれらの特徴を高め,細いチューブを作った。血栓ができて詰まった血管と交換できる。これまで心臓冠状動脈バイパス手術では,患者自身の脚から一部の静脈を取り出して移植するのがふつうだったが,その必要はなくなるだろう。シンガポール国立大学のゴー(James Goh)らは,絹の足場に幹細胞を埋め込んだものをブタのひざに移植することによって,前十字靭帯を再生させた。
 生体適合性を利用すると,面白いセンサーも可能になる。タフツ大学などいくつかのチームが,絹フィルムの表面に金属や薄膜のパターンを描くことによって,電子材料と光学材料を作っている。こうした薄膜を脳の深部に埋め込んで,てんかんや脊髄損傷を治療する日がいずれやって来るだろう。
 このほか,血液中や組織中の栄養分や投薬量,細胞数を電気的にモニターし,その情報を絹製光ファイバーを通じて伝送する埋め込み型センサーが考えられる。そうしたセンサーは寿命が尽きるころに分解するようにあらかじめ設計しておけるので,外科手術で取り出す必要がない。絹を構成するタンパク質の結晶構造(絹織物の光沢のもとでもある)のサイズと配置を調節することによって,絹が一定時間に分解する量を調整できる。
 遺伝子工学の進歩も利用できる。去る9月,ミシガン州ランシングにあるクレイグ・バイオクラフト研究所は,通常の絹よりも引っ張り強度の強い「スパイダーシルク」を作り出す遺伝子組み換えカイコを開発したと発表した。スパイダーシルクを使えば人工靭帯や防弾チョッキの強度を高められるだろう。