脳にあふれる信号物質

C. シューノバー(コロンビア大学)
201108

日経サイエンス 2011年8月号

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 もしあなたが個々の分子を識別できるくらい小さくなって脳のなかに入り,時間を一瞬止めることができたら,脳細胞がシナプスを介して信号を伝えている様子が,この図の右端に描かれているように見えることだろう。脳がどのようにして感じ,考え,学び,感情を生むかは,脳の神経細胞が互いにどう通信するかにかかっている。シナプスの機能を解明する研究が熱を帯びているのはこのためだ。シナプスに作用する向精神薬が効果を生じる仕組みも熱心に探られている。
 だがシナプスはとても複雑なうえ極めて小さく,驚異的なスピードで信号を伝えており,それが解明を阻んでいる。ニューロンが通信するとき,発信側のニューロンは神経伝達物質を放出し,これがメッセージの担い手としてシナプスの狭いギャップを移動して,受け手側ニューロンの表面に達する。神経伝達物質分子は 1400種類を超え,それらが協調して働いている。
 シナプスでの出来事の全体像を知るには,できるだけリアルなコンピューターモデルを作るしかない。それに基づいて瞬間ごと,分子ごとの挙動をシミュレートして新たな手がかりをつかめば,それを実験によって確認できるだろう。ソーク研究所のバートル(Tom Bartol)らがコンピューターで作成したこの画像は,その出発点となる。ラットの脳のうち,ごく小さな神経組織部分を3次元モデルに再現した一部を表しており,制作に4年をかけた。その組織部分の構造を示しているほか,あるニューロンから別のニューロンに信号が送られる様子をとらえている(図の右側)。神経伝達物質の分子(黄色の点)が,発信側の細胞から伸びた軸索(灰色)と受信側細胞の樹状突起(青)の接触点に形成されたシナプスだけでなく,その外部へと爆発的に噴出している(青緑色の構造は神経細胞以外の細胞で,ニューロンが正常に機能するよう助けている)。