緊急特集:ノーベル賞受賞 量子力学の多重現象を操り,測る/細胞センサーとなるタンパク質解明

古田彩(編集部)
201212

日経サイエンス 2012年12月号

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 「超絶技巧」「他の追随を許さない」「最も美しくクリーン」──2人の実験には,いつもこんな形容詞がついて回る。ノーベル物理学賞の受賞が決まった米国立標準技術研究所のワインランド(David Wineland)博士と,フランスの高等師範学校/コレージュ・ド・フランスのアロシュ(Serge Haroche)教授のことだ。かつて有名な思考実験の中に登場した,生きていてかつ死んでしまった「シュレーディンガーの猫」。両氏はこれを原子や光子を使って作り,操り、観測してきた。原子のエネルギーを「高い」と同時に「低い」状態にし,光の位相を「進める」と同時に「遅らせる」。その実験は,私たちの日常感覚を超えた量子の世界を描き出す。

 量子の本質を追究してきた彼らの実験は1994年から,新たな意味を持つようになった。まったく新しい計算を実現する未来の計算機,量子コンピューターの計算操作を実現するという側面だ。だが,これに対する2人の見方は,はっきりと分かれた。

 *2010年8月に行ったワインランド博士へのインタビューを掲載しました。
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「細胞センサーとなるタンパク質解明」
 光を感じて瞳孔を閉じる,花のいい匂いを感じてうっとりするなど,私たちの身体は絶えず,外界からの情報を捉えて反応している。その最初の一歩となるのが,細胞のセンサーとなる膜タンパク質だ。2012年のノーベル化学賞はそうしたセンサータンパク質で最多の「Gタンパク質共役受容体(GPCR)」の機能と構造を解明した米国のハワード・ヒューズ医学研究所のレフコウィッツ(Robert J. Lefkowitz)博士と,スタンフォード大学のコビルカ(Brian K. Kobilka)教授に授与される。

 レフコウィッツ博士は,細胞の外にあるアドレナリンを捉えて細胞内にその情報を伝える「βアドレナリン受容体」の機能を解明した。またコビルカ博士とともにその遺伝子を特定し,この受容体の構造をつきとめた。同じ基本構造を持つGPCRは約1000種が見つかっており,うち半数が脳活動や心拍,呼吸,消化などの身体活動にかかわっている。現在市販されている医薬品のうち,約半数がGPCRに作用する薬だ。両氏が研究を進めたβアドレナリン受容体はGPCR全体のモデルとなり,創薬研究に大きな進歩をもたらしている。