ノーベル生理学・医学賞 空間を把握する脳のメカニズムを解明/ノーベル化学賞 細胞内の生命現象を見る 超高解像度の蛍光顕微鏡の開発

古田彩(編集部)
201412

日経サイエンス 2014年12月号

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 私たちはなぜ,自分が「ここにいる」とわかるのだろうか? 昨日とは違う部屋の中にいるとか,同じ部屋の中でも隅っこにいるとか,一体どのように判断しているのだろう。

 今年のノーベル生理学・医学賞は,動物が空間を把握するメカニズム解明の先駆けとなった英ロンドン大学ユニバーシティカレッジのオキーフ(John M. O’Keefe)博士と,近年,この研究を一気に発展させて注目を集めるノルウェー科学技術大学のモーザー博士夫妻(May-Britt Moser, Edvard I. Moser)に授与されることが決まった。

 オキーフ博士らは1971年,ラットが部屋の中を歩き回っているとき,「右の隅」「左寄りの中央」など,ある特定の場所に来た時に発火する細胞を発見した。この細胞は,マウスの海馬の最も背側にあるCA1野という部分にあり,「場所細胞」と名付けられた。

 オキーフ博士の発見は動物の空間把握を解明する端緒となった。だが,どうして場所細胞が特定の場所で発火するのか,何が場所細胞に「ラットの居場所」を教えているのかというさらに上流の仕組みは,長年謎のままだった。これを明らかにしたのが,モーザー博士夫妻だ。

 脳活動というのはつまるところ,様々なニューロン集団の発火の組み合わせだ。その単純な信号をどのように組み合わせ,複雑な脳の活動が生み出されているかを数理的に解明する研究が近年盛んになっている。3氏の研究は,その先駆けとも言える。
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ノーベル化学賞
細胞内の生命現象を見る 超高解像度の蛍光顕微鏡の開発

 真に優れた発想は,いずれ必ず時代が呼ぶ。2014年のノーベル化学賞は,それを強く印象づけた。

 受賞が決まったのは,独マックス・プランク研究所のヘル(Stefan W. Hell)博士,米ハワード・ヒューズ医学研究所のベツィヒ(Eric Betzig)博士,米スタンフォード大学のモーナー(William E. Moerner)博士。細胞を生きたまま,その中の構造や動きを観察できる超高解像度の顕微鏡を開発した業績が評価された。

 細胞を生きたまま観察し,その中の小器官の動きやタンパク質の移動を見ることは,生物研究者の長年の願いだった。だが物理法則の壁がある。不確定性原理のために,極めて近接した2点から発した光は重なり合って見分けられない。識別可能な最小距離(回折限界と呼ぶ)は光の波長で決まり,可視光の場合約200nmだ。細胞内の小器官やタンパク質複合体は数十nm〜数百nmで,従来の光学顕微鏡で観察するのは不可能だった。可視光よりはるかに波長が短い電子線を使う電子顕微鏡なら観察できるが,細胞に大きなダメージを与える。生きものの観察で200nmの壁を越えるのは原理的に不可能と,長年考えられていた。

 だがヘル博士は1990年にPh. D.を取得した時から,この壁を何とか乗り越えたいと考え始めた。ドイツでは受け入れられなかったが,フィンランドのトゥルク大学の蛍光顕微鏡の研究チームに参加して研究を始めた。一方,ベツィヒ博士もそのころ,米国のベル研究所で,回折限界を回避する方法を考えていた。