特集: マルチバースと多世界
インフレーション理論と量子力学のつながり

野村泰紀(カリフォルニア大学バークレー校/東京大学)
201709

日経サイエンス 2017年9月号

9ページ
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 「インフレーション」というと,通常はこの宇宙が始まった直後,137億年前に起きた爆発的な加速膨張のことをいう。しかし私たちの宇宙の外ではインフレーションは終わることなく続いており,新たな宇宙も生まれ続けているという理論がある。この「永久インフレーション」の理論に立つと,私たちの宇宙もそのようにして生まれた無数の宇宙のひとつにすぎず,はるかに大きなマルチバース(多宇宙)の一部だと考えられる。だが,この考え方には難点がある。マルチバースの中では起こりうる事象はすべて無限に起こるため,ある事象が起きる確率を計算することができない。将来に起きることを予言できず,物理学の理論としては役に立たなくなってしまうのだ。

 だが,マルチバースの多宇宙が実空間にあるのではなく,量子的な重ね合わせとして確率空間に存在すると考えると,この問題を回避できる。インフレーション理論のマルチバースは量子力学におけるエヴェレットの多世界と等価であり,どの時空が存在しているかは観測者によって異なる。この考え方は,ブラックホールに飲み込まれた情報がどこにあるかを巡る,近年の議論ともうまく整合する。