特集:究極の未解決問題 どこまで小さなスケールで自然を操作できるか/知りうることに限界はあるか?

N. サベージ(科学ジャーナリスト)
201809

日経サイエンス 2018年9月号

6ページ
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 世界中の科学者が原子よりも小さなレベル,電子やさらにはそれ以下のレベルで自然を制御するという難題に取り組んでいる。物質とエネルギーの基本的特性を変える“調節つまみ”を見つけ出し,そのつまみを回して物質とエネルギーを操り,超高速の量子コンピューターや室温超電導体を実現するのが目的だ。

 主な難題は2つ。まず,技術的に非常に難しい。例えば容器の内部を宇宙空間よりも真空度の高い状態にして,そこで純度99.99999999%の結晶を作る必要がある。より根本的な困難は,利用しようとする量子効果(1個の粒子が同時に2つの状態を取るなど)が個々の電子のレベルで生じ,日常の巨視的世界ではそのマジックが効かなくなることだ。

 したがって,最小スケールで物質を操作するこれらの研究は,根本的な物理によって課せられた限界に対抗しながら自然を何とか制御しようとする挑戦だ。これがどの程度成功するかによって,今後数十年に科学的理解と技術的能力がどう進展するかが決まってくるだろう。


知りうることに限界はあるか?
M. グライサー(ダートマス大学)

 研究に熱中していてしばしば見逃されるのは,科学の方法が調査対象の系との相互作用を必要とするという事実だ。私たちは系の振る舞いを観測し,その特性を計測し,系をよりよく理解するために数学的あるいは概念的なモデルを構築する。そしてそのために,自分たちの感覚が及ばない領域を探る道具を必要とする。非常に小さなもの,非常に高速なもの,非常に遠くにあるもの,脳のなかや地球の中心部など実質的にアクセス不能なものなどには感覚が及ばない。私たちが観測しているのは自然そのものではなく,機械によって私たちが収集したデータを通じて認識された自然の姿だ。

 したがって,科学的世界観は計器を通じて獲得できた情報に左右される。そして,私たちが利用する道具には限りがあるから,私たちの世界観も近視眼的にならざるを得ない。自然を把握できるのはその範囲までであり,人類の科学的世界観が常に変わってきたのは,実在を感知する私たちの方法にこうした基本的な制限が存在することの反映だ。