特集:皮膚から生命
iPSで生まれたマウス

K. ワイントラウブ(サイエンスライター)
201811

日経サイエンス 2018年11月号

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 九州大学の林克彦の研究室でケージの中を走り回っているマウスは取り立てて変わっているようには見えない。他のマウスと同様に走り,食べ,寝る。だがこれら8匹のマウスは,通常の精子と卵子の受精で生まれたのではない。母方のルーツをたどると,皮膚細胞に行き着く。

 動物の身体にあるすべての細胞は,同じ遺伝子セットを持っている。だがその中でどの遺伝子のスイッチがオンになっているかが細胞によって異なるため,細胞の多様な形や機能が生み出される。もし哺乳動物の細胞を初期化することができれば,神経細胞から卵子に至る,あらゆる種類の細胞を作れるかもしれない。こうした考え方に基づき,研究者らは成体の細胞から卵子や精子を作る試みを進めている。

 近年,マウスなど齧歯類のiPS細胞を,卵子や未熟な精子に変えることは可能になってきた。こうした卵子や精子の作製がヒト細胞でも可能になれば,卵子や精子が作れない人も,血液や皮膚の細胞から生殖細胞を作り,子供の誕生につなげることが可能になるだろう。いずれは同性愛カップルも,双方に遺伝的つながりのある子を持てるようになるかもしれない。

 期待は膨らむが,実現は遠い先だ。哺乳動物の卵子と精子の代替物を作り出そうと動物実験が何年も続いてきたが,満足できる結果はまだ得られていない。また将来的なヒトへの応用については,倫理的な問題が提起されている。