特集:皮膚から生命
シロサイ再生計画の成算

詫摩雅子(科学ライター)
201811

日経サイエンス 2018年11月号

6ページ
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 2018年3月,世界中のメディアが,あるキタシロサイの死を報じた。アフリカ・ケニアの保護区にいた「スーダン」と呼ばれた雄で,推定年齢45歳。サイとしては平均的な寿命で,天寿を全うしたといってもいいだろう。だがスーダンの死は,個体の死にとどまらない意味を持っていた。彼はキタシロサイの「最後の雄」だったのだ。スーダンの死は1つの個体だけではなく,キタシロサイという種の終わりが確定したことを意味する。

 だが生物学者たちは,キタシロサイの存続を諦めたわけではない。かつてキタシロサイを飼育していた動物園や関連の研究機関は,何年も前からキタシロサイの細胞や組織,精子の保存を進めてきた。米サンディエゴ動物園など複数の研究チームは,採取したキタシロサイの細胞からiPS細胞を作製し,保管している。

 すでにマウスでは,iPS細胞から卵子を作ることに成功している。いずれiPS細胞から生殖細胞を作り,キタシロサイを再生できるのではないかとの期待は高い。だが,話はそれほど簡単ではない。実験動物として簡単に入手でき,様々なタイプの研究で成果の蓄積もあるマウスと,個体がほとんど残っておらず,細胞レベルの研究などほとんどされていないキタシロサイでは,研究の困難さは桁違いだ。

 もし首尾よく個体を再生できたとしても,今の自然環境で種として存続できるかどうかもわからない。人気映画『ジュラシック・パーク』のように,絶滅した動物を生命科学で蘇らせることは可能なのだろうか。キタシロサイ再生計画の成算を探った。