特集:顔 その役割と進化
認識能力の起源を探る

出村政彬(編集部)
201907

日経サイエンス 2019年7月号

8ページ
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私たちには生まれた時から,誰に教わらなくてもできることがたくさんある。顔の認識はその1つだ。赤ちゃんがまわりの大人の顔をじっと見つめるのは,目に映る景色の中から顔を検出できている証拠だ。顔認識のプログラムを内蔵したスマートフォンのように,私たちの脳にも「顔の認識プログラム」が生まれつき備わっているのだろうか。もしそうだとすれば,このプログラムはいつ獲得されたのだろうか。近年の研究から,その謎を解くカギを魚類が握っていることが明らかになってきた。


 魚の顔認識は,長らく反射的な行動だと思われてきた。捕食者の顔の情報が,逃避行動とセットであらかじめ脳にプログラムされているという考え方だ。しかし,私たちの顔認識には特定の顔への反応だけでなく,人の顔を覚えて見分ける学習能力や,相手の表情を読み取る能力も含まれている。魚類にはヒトのような認識能力は存在しないというのが定説だった。


 この定説を覆したのが,大阪市立大学教授の幸田正典らだ。アフリカのタンガニーカ湖で30年以上魚類の研究に携わってきた幸田は2015年,この湖に生息する淡水魚,プルチャーで顔の認識能力を調べた結果を発表した。プルチャーを選んだのには訳がある。なんと,プルチャーは1匹ずつ異なる顔を持つ魚なのだ。


 私たちの顔認識の起源が魚類にあるとすれば,長い歴史の中で魚類のほかにも様々な動物が顔認識をするようになるまでに,はたしてどんな経緯があったのだろうか。そもそも私たちの「顔」はどのように生まれ,魚たちの顔認識を経て私たち人類の認識能力へと繋がったのか。長年の解剖学の蓄積からは,その道のりを理解する,1つのストーリーが浮かび上がってきた。