特集:時間結晶
時間結晶を巡る論争

古田 彩(編集部)
協力:渡辺悠樹(東京大学)
202004

日経サイエンス 2020年4月号

8ページ
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 米国の理論物理学者ウィルチェックが2012年に「時間結晶」の存在を予言したとき,物理学者たちは色めき立った。もし予言が本当ならば,自然界には,「何もしなくても物理的な性質が安定して振動し続ける」という,これまで想像もしていなかった状態が存在しうる。それは一見永久機関に似ていて,熱力学第2法則に反するようにも見えるが,外界に対して仕事をしなければ,第2法則には抵触しない。だが,果たしてそんな時間結晶が本当に存在するのだろうか? 論文がいくつも書かれ,実験の検討が始まった。

 だが2015年に,当時カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)の大学院生だった渡辺悠樹と,東京大学物性研究所教授の押川正毅が出した論文によって,議論の方向は大きく変わった。それはウィルチェックが提唱した時間結晶を量子力学の手法で定義し,かつそれが実現できないことを証明するNo-Go定理(不可能証明)であった。渡辺らの定理によれば,外から何ら操作を加えなくても物理的な性質が安定して振動し続ける「平衡状態」の時間結晶は存在しない。ただし外力によって駆動されているか,あるいは平衡状態に至る過渡的な現象などの「非平衡状態」であれば,時間結晶が実現する可能性は否定されない。

 非平衡の時間結晶は,当初期待されていた,何もしなくても物理的性質が振動し続けるようなものではない。外部から周期的な駆動力を加えたとき,その整数倍の周期で振動し続けるというものだ。現象自体はそれほど意外ではないが,理論と実験が進むにつれて,ある際立った特徴があることが明らかになった。駆動力の強さを変えても物理的性質の振動周期が容易に変わらないという「頑固さ」があることがわかったのだ。