ヒヒは太陽神ラーの使い 霊長類学で古代エジプト世界の謎を解く

N. J. ドミニー(ダートマス大学)
202205

日経サイエンス 2022年5月号

8ページ
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 ロンドンにある大英博物館の収蔵品の中に,EA6736として知られるミイラがある。エジプト・ルクソールのコンス神殿で発見されたマントヒヒのミイラで,紀元前1550年から紀元前1069年の新王国時代のものだ。

 EA6736は古代エジプトの芸術と宗教に多く見られるヒヒの1つにすぎない。ナルメル王の名前が刻まれたマントヒヒの像は,紀元前3150年から紀元前3100年にさかのぼる。紀元前1332年から紀元前1323年にエジプトを統治したツタンカーメンは,太陽をあがめるヒヒをあしらった首飾りを持っており,彼の墓の西壁には夜の様々な時間帯を表すとされる12頭のヒヒが描かれている。

 古代エジプト人は月神であり知恵の神であり太陽神ラーの助言者でもあるトートの化身の1つとしてマントヒヒを崇拝した。このように崇拝された動物はマントヒヒだけではない。ジャッカルは冥界の神アヌビスに,ハヤブサは天空の神ホルスに,カバは出産の女神タウエレトに関連づけられた。だが,マントヒヒは非常に奇妙な選択だ。理由の1つは,日常的にヒヒに遭遇する人の多くがヒヒを危険な害獣とみなしていること。もう1つは,マントヒヒがエジプトの神々の中で唯一エジプト原産の動物ではないことだ。

 考古学者は長い間,古代エジプト文化においてなぜマントヒヒが重要視されたのか頭を悩ませてきた。近年,私は共同研究者とともに,この謎に関連するいくつかの発見をした。私たちの研究成果は,マントヒヒの神格化の理由を生物学的に説明するものだ。また,古代エジプト人がこの異国の動物をどうやって入手したかも明らかにしている。興味深いことに,聖なるヒヒの出生地に関して私たちが得た手がかりは,もう1つの長年の謎にも光を当てた。伝説の王国プントが存在した可能性の高い場所が明らかになったのだ。