貝の毒化を監視せよ アラスカの海辺に温暖化の脅威

K. ピンチン(ジャーナリスト)
202208

日経サイエンス 2022年8月号

14ページ
( 6.5MB )
コンテンツ価格: 713円 (10%税込)

 貝を採るアラスカ先住民の多くは長年,海が温かくなる夏の間の潮干狩りは避けてきた。有毒藻類の大量発生「有害藻類ブルーム」が起きやすく,藻類の毒素を魚介類が取り込んで体内に蓄積する可能性があるからだ。

 ところが,有害藻類ブルームはアラスカ北部沿岸域でより長期にわたって頻発するようになり,潮干狩りは季節を問わずリスクを伴うものになってきた。2018年に北極海で発生したブルームは1998年比で50%以上増えたことが最近の研究で判明した。北半球の高緯度域の温暖化が進むにつれ,危険なブルームはさらに頻発し規模も大きくなるだろう。

 最大の脅威は,糸状の「腕」を使って泳ぎ回る丸い渦鞭毛藻である小さなアレキサンドリウム・カテネラ。藻類ブルームの最中,茶色がかったこの微小な粒が増えても水の色はほとんど変わらないが,青酸化合物の1000倍も毒性が強い無味無臭の「麻痺性貝毒」が生じる。人間がこれを摂取すると唇や舌がヒリヒリし,手足がしびれて思い通りに動かなくなり,最終的には胸部と腹部の麻痺が生じる。医療用人工呼吸器がなかったらわずか30分ほどで死に至ることもある。

 米国の他の沿岸部の州では有害なブルームが発生していないか,研究者が海岸を定期的にモニターしているが,アラスカ州では気候変動の影響で有害藻類ブルームの発生が増えているにもかかわらず,広域調査はされていない。沿岸域があまりに広大でカバーしきれないというのが州政府の見解だ。こうした状況に対処するため,先住民社会は食の安全性に関するギャップを自分たちで埋めようとしている。彼らはデータを集め,地域の知見を積み上げながら,遠くにいる毒物専門家も巻き込んだ新たな監視ネットワークの構築を進めている。同時に,海辺での経験知と最新科学に基づいた検査手法の開発に力を入れている。