特集:再来する感染症の脅威 第2の天然痘になるか 広がるサル痘

出村政彬(編集部)
202209

日経サイエンス 2022年9月号

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 発熱や皮膚の発疹などを引き起こすサル痘は,英オックスフォード大などが運営するデータベース「Our World in Data」によれば7月20日の時点で64の国と地域で感染者が1万5000人を上回った。病原性は必ずしも高くないが, 世界保健機関(WHO)で公衆衛生上の緊急事態にあたるかどうかが繰り返し議論され,世界中の注目を集める感染症だ。サル痘の流行を警戒すべき理由は,その病原性や感染力ではなく,もっと他の部分にある。

 ポルトガルのドトール・リカルド・ジョージ医学研究所などの研究チームは,同国内の感染者を中心とした15人の患者の検体を調べた結果を6月下旬にNature Medicine誌で発表した。15人のウイルスの遺伝的類似度は非常に高く,起源が同じである可能性が高いと考えられた。研究チームは「2017 2018年にナイジェリアで流行を起こしたウイルスが今回の流行に関わっている可能性が高い」とみる。

 そして,ゲノム解析からは興味深い事実が幾つか見えてきた。1つは,2018年に英国で報告されたウイルスと比べ,現在流行中のウイルスでは約50カ所も変異が見つかった点。もう1つは,一部の遺伝子に欠損が起きていた点だ。

 コンゴ民主共和国の流行でも,人から人への感染が連鎖していくうちにウイルスの遺伝子欠損が起きていたことが報告されている。ウイルスや細菌が新たな環境に適応する際に元々持っていた遺伝子を捨て去る「還元的進化」という現象が起きている可能性がある。

 一般的に,ウイルスは感染先の動物に備わる防御に対抗する遺伝子(免疫抑制に関わる因子など)を持っている。幅広い動物種に感染するウイルスでは,対抗する遺伝子も数多く揃えなくてはならない。しかし自然界では時折,幅広い宿主を持つウイルスが特定の動物への感染効率を高め,その動物だけに感染するように変化することがある。こうなると他の宿主に対抗する遺伝子は不要だ。

 天然痘ウイルスはこのケースだ。かつてラクダ痘ウイルスやネズミなどの齧歯類に感染するタテラポックスウイルスと近縁だった天然痘ウイルスは,いらない遺伝子を捨て去り,人だけに感染するウイルスに変化していった。

 サル痘に詳しい岡山理科大学の森川茂教授は「いま流行中のサル痘ウイルスがかつての天然痘ウイルスと同じく人だけを宿主とするように変化していくなら警戒が必要だ」と話す。天然痘ウイルスは人に特化していくなかで病原性を増し,人類の脅威へと変化した可能性があるためだ。