特集:進化する植物愛 ハーバリウムに生きる 100年後の牧野標本

出村政彬(編集部) 協力:村上哲明(東京都立大学)
202307

日経サイエンス 2023年7月号

2ページ
( 955KB )
コンテンツ価格: 407円 (10%税込)

 植物学者,牧野富太郎(1862-1957)は生涯にわたって標本の収集を続けた。自身で行った採集だけでなく,牧野が設立に関わった各地の植物愛好会からも続々と標本が牧野の元へ寄せられた。東京・練馬にあった牧野の家は標本で溢れかえり,枚数は40万枚に上ったという。

 牧野の没後,標本の大部分は東京都立大学の牧野標本館(東京都八王子市)に収められている。1958年の設立当時からクーラーが完備され,夏は室温を20℃で一定に保ち,乾燥しすぎる冬は加湿も実施。そうして65年間標本を守り続けてきた。標本の維持管理を行うこの手の施設は「ハーバリウム」(標本室)と呼ばれる。

 これだけ手厚く標本を管理するのは,牧野の植物標本が今もなお植物学における第一線の研究材料だからだ。

 日本では,ハーバリウムは標本を保管する「倉庫」のように思われがちで,なかなか予算がつきにくい現状がある。しかし標本の価値は今測れるものではない。事実,牧野標本は牧野の時代には想像もできなかったような手法で現代の生物学に寄与している。標本には,今はわからなくても,将来世代が初めてそこに見いだす価値が潜んでいる。良質な状態で標本を維持管理し未来の世代へ伝え続けることは,現代の私たちの責務でもある。